佐久間ダム建設時、この駅周辺に資材を置きここからダムの建設を始めた所で、跡地は佐久間レールーパークとして2009年まで営業していました。

駅舎はこじんまりとした普通の駅だが、構内は異常に広い。
佐久間レールパーク閉館後は人もほとんど見かけないようになったが、以前はトロッコファミリー号も運行され、休日は賑やかだったような記憶がある。
取材時はレールパークに展示されていた車両が沢山あったが、これも順次名古屋に運ばれていくと思われる。
佐久間ダム最寄り駅になるが、移動手段は徒歩のみとなる。
タクシーも無く、よそから呼ばないと来ないのでご注意を。
中部天竜駅の周辺には大変興味深い場所がある。左は、三信鉄道殉職碑。
飯田線は、もともと4つの私鉄を戦時下の国策によって統合して出来た路線で、三信鉄道はそのひとつの私鉄であり、建設の際最も多くの犠牲を出しながら出来た路線。ここに出てくる名前を見ると、日本人以外の名前が数多くある。
歴史を紐解くと、強制連行で日本にやってきた労働者がここに沢山投入されたようだ。後の佐久間ダム建設時には、この労働者たちが、日本の友人として工事に参加、完成後は、北朝鮮の帰還事業によって、多くの人が北朝鮮へ帰っていった。町もこの事業を推進した。
歴史の一端だが、こういったことも知っておいたほうがいいと思う。

場所は、右の鉄橋(中部天竜側)の袂にある。
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